リハーサル

 この映画の主役は1組の夫婦。仮チラシに書いた通り、画家である36歳の夫と、会社勤めの25歳の妻。家にいることが多い夫と、外で仕事を頑張る妻。腹が出てきた中年の夫と、若くて活発な妻。年齢が10歳以上離れ、見た目も釣り合いがとれない夫婦に仕立てた。なぜそうしたかは、映画を観てもらえばわかる(はず)。
 夫婦役で一番大切なのは2人の間の距離感だ。初顔合わせになる役者2人に夫婦役を演じてもらうのだから、お互いの存在に慣れてもらわなければいけない。一緒に暮らしている夫婦の空気を作るため、撮影にインする前にリハーサルを行なうことになった。

 と偉そうに書いてみたが、リハーサルをしようというのは実は役者側からの提案。劇団員がやるようなエチュード仕立ての稽古だ。あしかがあや氏もまんたのりお氏も演劇から演技の道に入っているから、そのようなやり方は手慣れたもの。むしろ慣れてないのは監督。役者から「ちゃんと演技を切ってからダメ出しするように」とタイミングを注意されたりした(やれやれ)
 リハーサルの最初に行なったことは、役の名前付け。監督が名前を付けるのが苦手なためだ(やれやれ)。今まで製作した映画の中で使った名前は、たったの2つだけ。マレヒトにイリヤ。日本人なのかどうかもわからない名前だし、しかもそのまんま映画のタイトルじゃん。今回は普通の夫婦の普通の名前なので、役者に相手を呼びやすい名前を考えてもらった。夫の名前は伊東正夫、妻は伊東美穂(旧姓:高野)。普通でしょ。でも、夫の名前が「正しい夫」になったのは、ちょっとした皮肉。
 名前が決まったら、ホワイトボードに役の設定を書き出していくことに(これも役者の提案)。自分が演じる人物はどういう風に育てられ、どんな価値観を持ち、どういう恋愛をしてきたかという略歴や性格付けを思いつくままに書いてみる。映画のストーリーに絡もうが絡むまいが、おかまいなしに書いてみる。
 そして稽古。演劇出身の役者にとってエチュードは手慣れたもの。ほっといても延々と続けられる。エチュードに慣れてない監督は、というと、ビデオカメラを持った、ただの見学者(やれやれ)

 このような稽古はイン前に2回行なった。それだけでも、役者は自分の演技と相手の演技を前もって認識することができただろう。またこれは演出側にとってかなり有意義なことだった。1回めが終わった後ビデオをチェックして、演技の方向性を探ることができた。映画の現場なんて時間の制約だらけだから、ややもすると演技はぶっつけ本番になることもある。一発勝負の方が味が出る場合もあるだろうが、この夫婦役の2人とは時間をかけて作り込んでいく必要があった。実際のところ、稽古を積めば積むほど2人は「いそうな夫婦」になっていったのでした。

演劇の稽古のようだけど、作っているのは映画です。

食卓のエチュード

引っ越しシーンのリハーサル

役者の頭の中にある設定